「SaaSpocalypse」と呼ばれる市場の動揺
先日、Redditの技術関連コミュニティなどで「SaaSpocalypse(SaaSの黙示録)」という言葉が注目を集めました。海外メディアのCapital Briefによると、Anthropicが発表した新たなツール群や機能(契約レビュー、コンプライアンス対応などのCoWork関連機能)がきっかけで、世界中のソフトウェア・データ関連企業から数億ドル(数千億円規模)の時価総額が一時的に消滅する事態が報じられています。
投資家たちが懸念したのは、高度なAIエージェントがこれまでSaaS企業が収益源としていた「定型業務の自動化」を、汎用的なAIで代替可能にしてしまうのではないかという点です。特定のニッチなSaaSツールを持つ企業の存在意義が揺らぎ始めているのです。
Claude Codeが実現した「自作ツール」の容易さ
この議論の中で特に興味深いのが、「Claude Code」と呼ばれる機能を使った開発の実例です。あるユーザーは、MarkdownファイルをPDFに変換するためのウェブサービスを見つけましたが、無料回数を使い切ると月額5ドル(約750円)のサブスクリプションを求められました。
そこで彼は、Claude Codeに「このサイトと同じスタイルで変換できるスクリプトを書いて」と指示しました。結果はどうなったでしょうか。わずか3〜4分で、彼は自身専用の変換ツールをターミナル上で完成させました。追加料金は一切かかりません。Redditでは、このようにAIを使って直感的にコードを書くことを「Vibe Coding(雰囲気でコーディング)」と呼んでいます。
もしSaaSに「守り(競争優位性)」がなく、AIで数分で再現可能な機能しか提供できていない場合、そのビジネスは確実に代替されると言えます。

言語の壁とコードの壁:ベトナムでの経験からの考察
この流れは個人的に非常に興味深く、かつて私がベトナムのダナンでオフショア開発の現場にいた頃のことを思い出します。当時の私は英語もまともに話せず、プログラミング経験もなかったため、「英語という言語の壁」と「プログラミング言語という壁」の二重の苦しみを味わいました。開発者に要件を伝えるには、まず英語で概念を翻訳する必要がありました。
しかし、今のAI技術はこの「コードの壁」をほぼ完全に取り払ってくれました。「Pythonでこういう処理をしてほしい」と日本語で伝えれば、AIが適切なライブラリを選定し、コードを生成し、エラーがあれば修正案を出してくれます。かつては数日かかっていたタスクが、今では数分で完了する。この開発効率の劇的な向上は、過去の苦労を知る身として驚異的です。
Redditの議論でも、かつては開発者しか知り得なかったライブラリの存在を、非技術者がAIを通じて活用できるようになったことが指摘されています。技術的な知識の格差が埋まりつつある現状は、メディア事業者にとっても大きなチャンスです。
SaaSは本当に「死ぬ」のか? 生き残る条件とは
「SaaSの終わり」という見出しは目を引きますが、完全にすべてのSaaSが消滅するわけではありません。Reddit上の識者も指摘しているように、「コードを書くこと」自体はSaaSビジネスで最も難しい部分ではありません。SaaSが生き残るためには、以下の要素が必要になります。
- 独自のデータと統合性: システム単独で動くのではなく、他の重要なツールと深く連携し、独自のデータ資産を持っていること。
- 信頼とコンプライアンス: 特にB2Bや法務分野では、AIの出力精度を保証するサポート体制やセキュリティが重要です。
- 複雑なワークフロー: 単一の機能ではなく、複雑な業務プロセス全体をカバーしていること。
逆に、「独自性の薄い単機能ツール」や「簡易なダッシュボード作成ツール」などは、AIによる自作ツールの波に飲み込まれていくでしょう。あるユーザーは、Google Search ConsoleやCloudflareなどのデータを一箇所に集めるダッシュボードを、わずか1時間でAIを活用して構築してしまったと報告しています。
メディア事業者が採るべき次の一手
Webメディア運営者にとって、この流れは「外部ツールへの過度な依存からの脱却」を意味します。かつては高額な導入費用やランニングコストがかかった分析ツールやCMS連携ツールも、Claude CodeのようなAIと、VercelやCloudflareといったモダンなインフラを組み合わせることで、自社内で低コストに構築可能になります。
技術的なハードルが下がった今こそ、自社メディアに最適化された収益モデルや読者体験を、既存のSaaSの枠組みに縛られずに設計できる好機です。「SaaSpocalypse」という言葉に怯える必要はありません。これは「誰もがクリエイターになれる」という民主化の現象です。自社のビジネスに真に必要な機能を見極め、AIを使って素早く実装していく。そのスピード感こそが、これからのデジタルメディア競争を制する鍵となるでしょう。




