広告市場は拡大しているが、メディアの収益は?
2025年、日本のインターネット広告市場は前年比108.7%で3兆8,955億円に達し、今後も成長し、2029年には5兆6,768億円にまで拡大するという予測があります(2024年度の国内インターネット広告市場規模は3兆5,834億円、2029年度には5兆6,768億円に達すると予測)。この数字だけを見れば、メディア事業者にとって明るい未来に思えます。
しかし、市場規模の成長とメディア事業者の収益は必ずしも比例しません。特に、プログラマティック広告市場ではコモディティ化が進み、広告詐欺(アドフラウド)やブランド毀損といった問題が深刻化しています。2025年の調査では、メディア事業者の約75%がプログラマティック広告からの収益を得ていると回答しましたが、これは前年の86%から減少しています。また、この分野への注力意欲も後退し、今後「大きく」または「非常に大きく」注力すると答えたのは37%に留まりました(プログラマティック広告 後退の裏で、動画とイベントが存在感——出版社の収益地図はどう変わったか)。
アドテクノロジーの進化と「収益」の変化
私が2013年頃にアドテク業界に入った頃は、プログラマティック広告の黎明期で、RTB(Real-Time Bidding)による取引が業界を席巻しました。特に2015年から2017年にかけては、各SSPが独自の配信ロジックを持ち、メディア側は複数のSSPと個別に契約し、手動で配信優先順位を管理する必要がありました。当時、私はアドネットワーク事業者で広告枠の開拓業務に従事し、各メディアに自社のタグを設置してもらうよう交渉していました。
Prebid.jsが登場した2017年以降、ヘッダー入札技術が標準化し、配信の透明性が向上しました。広告単価は広告主側(Marketer-side)には安く、メディア側(Media-side)には高く見える、非常に理にかなった仕組みだと思っていました。
しかし、2021年以降、デジタル広告のCPM(インプレッション単価)の下落が顕著になり、多くのメディア企業で年間5〜15%の収益減少を記録しました。プログラマティック広告への過度な依存のリスクが表面化し、メディア企業はサブスクリプションやアプリ内課金など、広告以外の収益モデルへの関心を高め始めました。2025年に入ると、AIライセンス契約による新たな収益源も出現しました。ニューズ・コーポレーションやドットダッシュ・メレディス(旧ピープル誌運営)などがプラットフォームとの契約を模索する中、メディア各社は収益源の多角化を模索しています(2025年、 メディア 業界では何が起きたか? 広告市場の回復やAI企業との契約、SEOの激変)。
海外事例に見るアプリ化の可能性
広告収益の不安定化に対し、メディア各社はアプリ化による顧客との直接的な関係構築に注目しています。特に、中国やアメリカの事例から多くの示唆を得られます。
中国では、WeChat(微信)という巨大プラットフォーム内に「ミニプログラム」としてメディアやサービスが組み込まれ、サブスクリプションやEC機能と連携するエコシステムが成熟しています。これはプラットフォーム依存からの脱却を目指す日本のメディアにも参考になるモデルです。一方、アメリカでは、ニューヨーク・タイムズがニュースやクイズなど、複数のサブスクリプションサービスを束ねる「バンドル型」モデルで成功しています。また、ジ・アトランティック(The Atlantic)やドットダッシュ・メレディスなどは、ニュースを含むライフスタイル全般をカバーするアプリを展開し、読者との接点を確保しています。
もう一つの可能性は、ニューズ・コーポレーションやAmazonが注視する「検索体験の変化」への対応です。生成AIが検索結果に要約を表示するSGE(Search Generative Experience / AIによる検索体験)の普及により、情報収集を目的とした検索からの流入が減少する可能性が指摘されています。これはメディアのトラフィックに深刻な影響を与えるリスクですが、独自のアプリを展開すれば、検索流入に依存せず読者と直接つながることができます。Googleも複数の出版社と、AIがエンゲージメントの高いオーディエンス獲得に寄与するかを探る商用パイロットプログラムを発表しており、メディアは新たな関係性を模索しています。

集客と収益の転換点としてのアプリ
2025年は、メディア各社にとって大きな転換点でした。年初は広告市況が停滞し、特に検索流入の減少と縦型動画の拡大が進み、集客と収益モデルの転換が迫られました。しかし、年末にかけて広告市況は回復の兆しを見せ、パブリッシャーの収益見通しは改善しました。2026年もデジタル広告収益の成長を期待する声が多い中、アプリは広告収益の不安定性を補完する鍵となります。
例えば、アプリ内でのコンテンツ配信は、広告単価の下落リスクを緩和します。同じユーザーでも、アプリ内での接触はウェブブラウザ経由よりもエンゲージメントが高いため、広告単価も上昇しやすい傾向にあります。また、サブスクリプションによる定額収入は、広告収益の変動を平準化します。さらに、アプリはメディアのブランドを強く認識させるため、純広告(ダイレクトセールス)の交渉力も高まります。調査では、メディア事業者の約95%がダイレクトセールスから収益を得ており、今後も最も注力すると答える割合が高いことが分かっています。
今後のアドテクノロジーの可能性
広告単価が変動し続ける中で、メディア事業者は広告収益以外の可能性を模索することが重要です。アプリ化は単なる収益補完だけでなく、メディアのブランドを強化し、読者との関係を深める重要な手段となります。
ベトナムでのオフショア開発経験を通じて、私は言語の壁とプログラミングという技術の壁の両方を経験しました。当時は現在のようなAI技術もなく、個人的にもプログラミング経験が乏しかったため、その難しさは計り知れませんでした。しかし、その経験を通じて、コミュニケーションの壁を越え、協力して課題を解決することの大切さを学びました。この経験は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するテクノロジーベンチャーを営む現在の事業にも生かされています。
マーケティング戦略では、SEOの変遷も考慮すべきです。2017年の日本語検索の品質向上アップデート以降、YMYL(Your Money or Your Life)分野では専門性と信頼性が重視されるようになりました。2020年代に入ると、E-E-A-T(Experience, Expertise, Authoritativeness, Trustworthiness)の概念が不可欠となり、単なる情報提供ではなく、実体験に基づく専門性が評価されるようになりました。これはアプリ内コンテンツにおいても同様です。信頼性の高い情報を提供し、読者との信頼関係を構築することが収益化の基盤となります。
広告主のROI(投資対効果)志向も強まっています。2025年は、従来のディスプレイ広告への投資優先度が低下し、成果が可視化されやすい検索連動型やSNS広告、動画広告に予算が集中しました。メディアは、単なるインプレッション供給に留まらず、アプリを通じて提供できる「体験」と「コミュニティ」にこそ価値を見出すべきです。中国のWeChatミニプログラムのように、コンテンツとEC機能を融合したモデルは、広告単価の下落リスクを回避しつつ、新規の収益源を確保する手掛かりとなります。
提案としての未来像
Webメディアの未来は、広告収益の不安定性を補完する「多角化」にあります。その中心となるのがアプリ化です。アプリは広告収益だけでなく、サブスクリプション、コンテンツマーケティング、イベント開催などの収益源を確保するための基盤となります。特にAI技術を活用したパーソナライゼーションが進む中で、アプリはメディアのAI活用の実験場にもなり得ます。
私の経験から言えば、市場の変化は非常に速く、それに合わせてメディアの収益モデルも進化してきました。2010年代前半のプログラマティック広告の黎明期から、Prebid.jsの普及、プライバシー規制への対応、そして現在のAI活用まで、業界は常に変化を続けています。この変化の波に乗り遅れないよう、メディア各社は広告収益にのみ依存せず、読者との直接的な関係を構築する手段を確立する必要があります。
広告単価の下落は一つの側面に過ぎません。アプリ化やAI活用、そして読者との直接的なエンゲージメントこそが、Webメディアの未来を切り開く鍵となるでしょう。この記事が、その一助となれば幸いです。




